吃音の形成と固定化

吃音はどのように進行していくのか・・。そして、子どもの頃はそこまでどもらなかったのに、やがて成人になるにつれて、その吃音が固定化されていく・・。その一連の過程を考えます。

吃音初期(第一段階)

吃音はいつから起こるのか?? というと、幼児期がほとんどです。ただ・・ほとんどの吃音者は、どもり始めは・・は自覚していません。

行動療法で有名な小林重雄先生の本では、このように書かれてあります。

通常、成人の吃音者本人に自分の吃音の歴史を語ってもらうと、小学校入学以前のことについては自分自身の記憶の中に想起することはできない。

もし、発吃の年齢とか発語中のつまづきを説明することができたとしても、それらは両親などにより、成長してから聞かされたものがほとんどといってよい。そして、小学校の低学年の頃にについても、ほとんどの吃音者が確かにそのころつかえていたようであるが、あまりはっきりしないと述べることが多い。

つまり、どもり始めは・・本人は自覚がない、ということです。しかも、小学校低学年でも・・あまり覚えていない、ということです。
ちょっと、ここで「吃音の定義」を思い出して下さい。吃音者の特徴は・・「どもる症状」だけでなく、「回避反応・モガキ反応」がある、ということでしたよね。吃音初期のこの段階では、まだ吃音を十分に自覚してないわけなので、この定義に照らすと、本格的な「吃音」ではないことになります。

つまり、吃音初期(第1段階)は・・・「言葉はどもるけど、本人の自覚はあまりない状態」ということになります。

吃音中期(第二段階)

吃音症状の中期は・・・、小学校低学年あたり。吃音の初期は、吃音について本人はほとんど悩むことはないですが、小学校低学年あたりから、親や外部の指摘により、本人が自分の吃音を認識し始めます。
吃音の研究で有名なヴァン・ライパーは、この時期を「フラストレーションの段階」としています。そして、さらに震えとの関係についてもこう論じています。

何回も音節を繰り返しても、とうとうことばにならない場合とか、繰り返しているうちに親ににらまれたりした場合など唇は強く緊張してしまう。そして、その間中、呼吸は出口をふさがれて出られない。緊張すればするほど、ますます唇は固く閉まる。そして、ついに局所的な緊張が爆発点に達すると、脈動のような震える運動が起こる。

発語しようとする時に発語できず、もがき苦しむことは、本人にとって著しいフラストレーションの状態を作り出します。ふつうの人からすると、例えば、夢の中で声を出そうとしても出てこない。走ろうとしても足がいうことを聞かない。。そんな感覚に近いかもしれません。
この段階は、言おうとしてるのに・・言えない。。そんな感覚に陥って・・「強いフラストレーションを感じる時期」といえます。

吃音後期(第三段階)

吃音症状の後期は・・・、小学校高学年以降。。一般に「二次性吃音」といわれている段階です。

この段階では、親や外部の聞き手・・・だけでなく、内部の聞き手、つまり自分自身の話しことばを自分で監視 するようになります。これは、内部の聞き手による監視から何とか自分自身を守ろうとする反応が生じてくることを意味します。これは一般には回避反応<といわれています。

この回避反応は有害刺激を予測して、実際の有害刺激が出現する以前に生じるのが特徴です。したがって、実際に有害刺激が出現しなくなっても反復されることになります。
そして、回避反応は少なくとも一時的な不安の減少をもたらし、実質的には無意味となってしまった行動がさらに強められていくことになります。もし、この回避行動が社会的に受け入れられることのないものであれば新たな有害刺激を誘発することになります。
不安・恐怖と結びついた吃音行動が、外部と内部の聞き手によって監視されその結果、恐怖を強めていく・・・という「負の連鎖」を形成します。

この悪循環はことばのリズムを著しく混乱させ、繰り返しを増大し、引き伸ばし時間を延長させます。そして、回避反応としての随伴運動を顕著にさせて吃音行動の悪化、さらに固定化に重要な役割を演じるようになります。

言葉に対する不安

吃音症状の後期(第3段階)にまで達した吃音者は、いろいろな機会に新しい独自の吃音パターンを学習していくことになります。その中で、特定の音が特にどもりやすいといった学習や、特定の単語がどもりやすいといった学習が行われます。一般に、タ行、カ行の音について、非流暢性が生じやすいようです。
行動療法で有名な小林重雄先生の文献の中には、次のように書かれています。

ある大学生の症例では、自分の名前について極端に限定された吃症状がみられた。
彼は高校に入学して自己紹介を行う際にうまく名前を言うことができなかったために生じた吃音行動を有していた。
彼は小学校時代から軽度の非流暢な発語を示していた。そして特別な治療も受けずにいたが、中学時代にはいつの間にか特別な非流暢性は示さなくなっていた。

高校入学時の失敗以降、対人関係ではまっすぐ顔を合わせて話をすることが困難となり、とくに自分の名前をいう場面には必ず「コ・コ・コ・バヤシ」という具合に名前の最初の音を繰り返すようになってしまった。

自分の名前は友人関係では改めて発言する機会がないので苦痛を感じないが、電話をかける場合にはどうしても自分の名前をいわなければならないので、特に困難を感じているとのことであった。

場面に対する不安

吃音について自分でそれを監視するようになり、「負の連鎖」の虜になってしまうと、意識的にまた無意識的に苦手の場面を、避けようとするようになります。苦手な場面としては、「周囲の人から笑われた」とか「変な顔をされた」といった経験の結果として形成されます。
吃音児の怖れる場面は教室、とくに国語の時間が代表的であり、成人吃音者の場合は、電話が代表的です。場面に対する不安は、「多少不安な気持ち」という程度から、「完全に心が乱れてしまう」という状態にいたるまで幅が広いです。また、1つの場面に対する恐れが強ければ、その場面との類似性に従って場面の般化がみられます。
一般には、吃音症状の後期(第3段階)に達して、年齢が進行するに従って、話さなければならない場面が予想される時に最大の恐怖が生じてくるといえます。
例えば、教室で国語の時間に順に音読するような設定をイメージ化し、GSR(電気皮膚反応)を測定すると・・典型的なパターンとしては、自分の番が近づくに従って、その反応強度は高まっていき、自分の前の人が音読している時が最も顕著な反応を示すことが知られています。そして、自分の番になって音読を始めてしまうと、むしろ情動反応は低下し、過緊張の状態を脱することが多いようです。

回避反応

吃音研究で有名なロビンソン(1964年)は、回避反応の型として次の3つの型をあげています。

タイプ1 恐怖をもつ言葉や状況を、完全に避けようとする。
タイプ2 恐怖をもつ言葉や状況を、後にのばして回避しようとする。
タイプ3 怖れている語を言いやすくするため、儀式的な行動をする。

下記は、それぞれの型の内容です。
<タイプ1>恐怖をもつ言葉や状況を、完全に避けようとする。

  • 非常に口数が少なくなる。
  • 時折、話すことを拒む。
  • 考えている内容を他の方法で伝えるまで待つ。
  • 怖れている語の前で話すのをやめたり、聞き手がその語を言ってくれるまで待つ。
  • 怖れている語を同意語でいいかえる。
  • 低い声でしゃべったり、口の中でもぐもぐ言ったりする。
  • 病気のふりをする。
  • 好戦的な態度や自信ありげな態度といった特別な態度をとったり、おどけてみたりする。
  • 質問にどう答えていいかわからないといったふうをする。

<タイプ2>恐怖をもつ言葉や状況を、後にのばして回避しようとする。

  • 補助的な言葉を使う。「アー」「エー」など。
  • しばらく黙ってします。
  • 語や句を繰り返す。

<タイプ3>怖れている語を言いやすくするため、儀式的な行動をする。

  • 何か話し出す時に、独特の身ぶりをしたり、口を歪めたりする。

上記はいわゆる随伴運動です。
以下は随伴症状(随伴運動)の主な例です。

  • 構音・呼吸器系・・・あえぎ、舌突出、舌うち、口をねじる、開口、口唇・顎の開閉
  • 顔面・・・目ばたき、目をとじる、目を見開く、顎をしゃくりあげる、鼻孔をふくらませる
  • 首・頭・・・首を前後方向・側面などへ動かす
  • 体幹・・・前屈、のけぞり、腰を浮かす、四肢を硬直させる
  • 四肢・・・手足を振る、手で顔をたたく、足で床をける、こぶしを握る 硬直させる

※回避反応の原因→学習理論